あなたは、ベトナム戦争の原因とその結果をご存じですか?
「ベトナム戦争」という言葉は聞いたことが有っても、
知らない方も多いのではないでしょうか。
ベトナム戦争とは、ベトナム共和国とベトナム民主共和国が、
インドシナ戦争後に南北に分裂し発生した戦争で、
ベトナム共和国側にはアメリカを中心とする資本主義国が味方をし、
ベトナム民主共和国側には当時の、ソビエト蓮坊共和国を中心とした
共産主義国が味方をしました。
ベトナム戦争は宣戦布告が行われなかったため、
戦争がいつ開始されたかについては諸説あるそうですが、
今日は、そんなベトナム戦争の原因と結果、
さらに、その時の韓国軍と日本の自衛隊についてです。
★ベトナム戦争の原因とは?
ベトナム戦争の原因は複雑でとても判りにくいのですが、
第二次世界大戦終了後、フランスがベトナムを再植民地化しようとします。
しかし、少し経ってから地元ベトナム人の反抗にあい
これが直接のきっかけと成ります。
ベトナム人が抵抗に立ち上がったのは,共産主義者が力を貸した為ですが、
共産主義者たちはベトナム共産化を手始めに,
東南アジアを勢力圏下に置くことを目標としました。
これにはフランスも相当手を焼き、かなりの軍隊を派遣しますが、
中国共産党やソ連の支援を受けたベトナム側の粘り強い抵抗に遭い,
結局は手を引くことになります。
実はここまでが、第1次インドシナ紛争(1945~1954)と呼ばれているものです。
その後、フランスを支援していたアメリカが、
ソ連に属する国の増加に危機感を抱き、
ベトナムを南北に分割するという政治的介入を行います。
そして北側(共産側)の統一の主張に対し、
アメリカはいずれ選挙によって統一しようということで合意します。
しかし、合意は実行されず北の軍事行動が少しずつ始まり、
米国はこれを防ぐため、軍事顧問団と称する部隊を派遣し、
武力衝突が始まりました。これが第2次紛争にあたります(1961~1975)。
一般的にベトナム戦争というのは、アメリカが軍事介入した時期のものを指します。
★ベトナム戦争の結果は?
戦死傷者58000名にも及んだベトナム戦争ですが、
結局、アメリカ軍もフランス軍同様北ベトナム軍などの強力な抵抗に手を焼き、
一進一退が続き、そうこうするうちに米国内の反戦運動が激化します。
さらに戦闘が泥沼化し、戦局見通しが全く立たなくなり、
とうとう、1973年にベトナムから撤退する事に成ります。
アメリカの撤退後も、南ベトナム軍が独自に戦闘を続けますが、
大きな後ろ盾を失った南ベトナム軍は、
北ベトナム軍の猛攻の前に潰走し、
ついには、1975年サイゴン(現在のホーチミン市)陥落をもって終戦を迎えました。
軍事的には中ソが支援した北の勝利と言われていますが、
北ベトナム側の損害は膨大で戦死者だけでも100万近くにものぼり、
戦後復興に大変な苦労をしたことを考えると、
勝利とは言えないかもしれませんね。
★ベトナム戦争における韓国軍と日本の自衛隊
ベトナム戦争の時、韓国軍は女性を辱めたり虐待を行ったと言われてます。
米韓軍が共同でベトナム人の結婚の行列を襲って
花嫁を含め7人の女性を強姦し、結婚式に呼ばれた客の宝石を残らず奪った上、
3人の女性を川の中へ投げ込んだという事件までありました。
韓国軍によるベトナム人の大虐殺は推定で30万人を超すと言われ、
ベトナム大強姦とも呼ばれています。
慰安婦問題で日本を批判する韓国も、
過去にこの様な非道行為を行っていたのです。
一方、日本の自衛隊は軍隊では無い為
ベトナム戦争には参加していません。
仮にアメリカから要請が有ったとしても
そのアメリカが大きく関わり決めた、平和憲法が有る為
参加する事は無かったでしょう。
しかし現在は、集団的自衛権が定められてる為、
今後日本が、平和憲法を掲げ戦争を拒否する事が出来にくく成りました。
集団的自衛権には賛否要論有りますが、
戦争に参加する事が可能に成った事は事実のようです。
★まとめ
ベトナム戦争は植民地支配と、当時の米ソの対立が生んだ悲劇です。
今は、植民地支配などは侵略とみなされ
厳しく批判されるように成りましたが、
「自分さへよければそれで良い」という人間の身勝手さが生んだ、
二度と有ってはならない戦争だったと個人的には思います。